コップの水は、一度全部捨てないと、新しい水は注げない。

 

今年の4月から、ずっと断捨離を続けている。

 

たまりにたまった古い資料や書類、写真、手紙…。

 

 

とにかく量がすごい。

 

ファイルにして何十冊分にもなる。

 

 

なかでも特に多いのが、3年前に亡くなった父の遺したものだった。

 

父は記録を残すのが好きな人だった。

 

几帳面に、写真も手紙も書類も、出会った人の名刺も、すべてを取っておいた。まるで「人生のレコーディング」だ。

 

整理を進めながら、そのファイルを1冊1冊めくっていると、知らなかった父の一面が垣間見えてくる。

 

「こんな人とつながっていたんだ」

 

「こんなことをしていたのか」

 

あの時、何も語らなかった父の歩みが、少しずつ浮かび上がってくる。

 

写真やメモから、人との出会い、思い、時間がにじみ出ている。

 

何だか、父とまた話しているような、そんな時間だった。

 

そして、ふと思う。

 

「自分も父に似ているな」と。

 

僕自身も、塾を始めた頃の書類や、業者との打ち合わせ記録、進学資料、チラシの下書きにいたるまで、ぜんぶ取ってある。

 

気づけば、同じようにたくさんの“記録”が僕の周りにも残っていた。

 

だからこそ、父の整理を通して自分のものも整理しようと思ったのだ。

 

一枚一枚、手に取りながらファイルを開く。

 

不思議なことに、それは“過去を振り返る”というより、“未来に向かうための準備”のように感じられた。

 

僕の中では、こういうイメージだ。

 

コップの水は、一度全部捨てないと、新しい水は注げない。

 

だからこれは、過去を手放す作業ではない。

 

未来を迎えるためのスペースをつくる作業なんだ。

 

そう思うと、心の中に自然とワクワクが生まれてきた。

 

 

「未来義塾」を始めたときから20年。

 

これまで蓄積してきた資料も、役目を終えたものは感謝を込めて手放す。

 

そうしてスペースができると、不思議と新しいアイデアが入ってくる。

 

「こんな塾にしていこう」「こんな風に関わっていきたい」

 

そんな“次のビジョン”が、少しずつ、少しずつ、見えてくる。

 

父が遺したものは、物だけではなかった。

 

“記録の中にある人生”から、僕は大きな気づきをもらった。

 

それはきっと、

 

「過去は振り返るためにあるのではなく、未来を形づくるためにある」ということ。

 

今日もまた、一冊のファイルを開く。

 

未来に向けて、コップの水を入れ替えながら。

 

 

 

 

The following two tabs change content below.
アバター画像

守田 智司

愛知県蒲郡市にあるMANALABO代表。10代で愛知県から大阪、東京まで自転車で走破!大学中は、バックパック1つで、アメリカ1周。卒業後、アメリカ・アトランタにて「大工」を経験。帰国後15年間、大手進学塾の教室長・ブロック長として教壇に立ち、2005年独立。 大型自動二輪、小型船舶2級免許所得。釣り、ウォーキングが好き!作家は、重松清さん、音楽は、さだまさしさんが好き。「質より量より更新頻度」毎日ブログを更新しています。